裁判所の判断と業界の変化
「整体などの手技療法は指圧に含まれる」
裁判所のその一言が業界を揺るがしたのは数年前のことだ。
無資格で整体やカイロプラクティックを行っていた者たちは淘汰され、国家資格を持つあん摩マッサージ指圧師が表面上の勝利を手にした。
しかし、勝利の余韻に浸る暇もなく、新たな火種が芽生えていた。
柔道整復師たちは慢性症状に関する施術範囲の拡大を求め、資格者同士の対立が激化。
一方、理学療法士たちは法的制約を無視して「オステオパシー」を取り入れた治療系整体を次々と展開し、その技術と成果で多くの支持を集めていた。
だが、その行為は明確に違法性を孕んでおり、業界の秩序は崩壊寸前だった。
そんな混沌とした業界の中、一人の鍼灸師が静かに、そして黙々と己の研究に打ち込んでいた。
主人公と新型温灸法の研究
主人公の名は 村上大志（むらかみ たいし）。
彼は古典的な腹部灸術に深い関心を持つ鍼灸師だった。
特に「関元一点灸」と「神闕丹田灸」の理論に基づいた施術を得意とし、それらを現代的に応用した 「新型腹部温灸法」 の開発に情熱を注いでいた。
「腹部は人間の命の中心。ここを温め、気血の流れを整えることで、全身の健康を底上げできるはずだ」
村上はそう信じていた。
新型温灸法の要点は、伝統的な灸術の深い理論を活かしながら、現代の生活習慣病やストレス社会に適応した形で進化させることだった。
施術は単に温熱を与えるだけでなく、患者の体質や症状に応じて灸点を微調整し、効率的にエネルギーバランスを整えることを目的としていた。
業界の混乱を遠目に見つつ
村上は業界の騒動にはあまり関心を持たなかった。
柔道整復師とあん摩マッサージ指圧師の法廷闘争や、理学療法士による違法整体のニュースが流れても、彼はただ黙々と研究室で温灸器具を改良し、患者のデータを解析していた。
「みんな、何をそんなに争っているんだろうな」
彼は小さく呟きながら、新しく設計した温灸器の試作機に火を灯した。
最新モデルは、従来の灸器よりも深部にまで熱を浸透させる仕組みを持ち、さらに患者が心地よく感じられる温度帯を自動調整できる機能を備えていた。
患者との実験と成果
ある日、村上のもとに慢性的な疲労と冷え性に悩む30代の女性が訪れた。
「何をやっても体が冷える感じが取れなくて……。温泉も行ったんですが、すぐに元に戻っちゃうんです」
村上は静かに頷き、言った。
「では、新しい温灸法を試してみましょう。最初は少し慣れないかもしれませんが、深いところから体を温めることを目指します」
彼は「関元」や「神闕」を中心に、女性の体質に合った施灸ポイントを選び、最新の温灸器を使用して施術を始めた。
熱さを感じさせず、じんわりと身体の芯から温まる感覚に女性は目を見開いた。
「これは……すごい！身体が中からポカポカして、なんだか気持ちまで軽くなった気がします」
村上は微笑んで答えた。
「それが腹部灸術の力です。体の中心が整えば、全身が元気を取り戻すんですよ」
孤高の研究者として
村上の施術と研究は徐々に評判を呼び、彼の新型腹部温灸法を求める患者が増えていった。
それでも彼は変わらず、静かに研究を続けていた。
「業界がどうなろうと関係ない。俺がやるべきことは、目の前の患者を癒やし、新しい可能性を追求することだけだ」
彼の信念と技術は、やがて多くの人々を癒やし、新たな治療の可能性を切り開いていく。
――それが、村上大志の選んだ道だった。
