暖かな灯りがともる小さな治療院。
その奥にある和室の一角、藺草の香り漂う畳の上で、志保は静かに横たわっていた。
「お腹が冷えているね」
優しく触れた指先が、彼女のへそ周りのわずかな冷えを確かめる。
治療院の主、蓮見は生薬の香りが立ち込める棚から、乾燥した艾と数種類の漢方薬を調合し、小さな薬包を作った。
それを和紙で包み、志保のへその上にそっと乗せる。
「これは、附子と乾姜、それから艾葉を少し。じんわり温めることで、冷えが和らぐよ」
志保はゆっくりと目を閉じた。
彼女は長年、原因の分からない胃の不調と倦怠感に悩まされていた。
病院の検査では異常はないと言われたが、冷えと共に訪れる不調に、日々悩まされていた。
蓮見は艾の火を灯し、台座に置かれた小さなもぐさの山に火を移した。
ふわりとした熱が生薬を通じて皮膚へと伝わる。
温かさがじんわりと広がり、まるで体の芯に火が灯るような感覚がした。
「……気持ちいい」
志保が呟くと、蓮見は静かに微笑んだ。
「おへそは『神闕』と言って、全身の気を調える大事な場所なんだよ。ここを温めることで、脾胃を元気にして、巡りをよくするんだ」
静かに燃える艾の火を見つめながら、志保は不思議と安心感に包まれていた。
冷たく沈んでいた身体が、芯から溶けていくようだった。
火が消えると、蓮見は温めた手で志保の腹部を軽く撫でた。
「これでしばらく楽になるはず。でも、冷えを溜めないように、温かいものを摂ることも大事だよ」
志保はそっと目を開け、柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう。こんなに心地よいのは久しぶり……またお願いしてもいいですか?」
蓮見は頷いた。
「もちろん。温灸は続けることで、身体が本来の力を取り戻すんだよ」
窓の外には静かな夜が広がっていた。
志保は温かさが残るお腹にそっと手を添えながら、久々に深く息を吸い込んだ。
その空気は、どこか春の香りがするような気がした。